これまでに行なった庚申講の活動報告です。
もっとリアルな雰囲気を知りたい方は、庚申堂ラボや庚申堂写真館もあわせて御覧ください。
2001年
第一回
2001年2月26日月曜日
「発足」
今千年紀最初の庚申の晩、すべてはここから始まった。立ち上げのこの回の、講員はたった三人。ある講員の家で一晩中だらだら話して過ごした。思えばもっとも本来の庚申講に近かった、シンプルな内容の回。
第二回
2001年4月27日金曜日
「コロンビア人を囲む会とアイス屋でジェンガ大会&渋谷ラジオ体操」
たまたま面白そうな集まりがあったので、最初はそこに合流。勝手に騒いで別れる。
時間つぶしにアイスクリームショップに入り、店の迷惑も顧みず「ジェンガ」に没頭。やたら盛り上がったのでジェンガを庚申堂の公式遊戯とする。午前三時、渋谷のQ-front前にて深夜のラジオ体操。酔っぱらいや金髪のガキなどがいっしょに混じって体操する。この回からラジオ体操が公式行事に。締めは高台の愛宕神社で日の出を拝む。
第三回
2001年6月26日火曜日
「馬鹿は地球に巣食う」
千点ボウルという遊戯を開発し、遂行した。千点ボールとは、ボーリングで累計1000点取るまで投げ続ける、というだけの苛酷なスポーツ。ひたすら投げた後は我々の聖地である巣鴨の庚申塚にお参りし、お堂の脇で朝まで話して過ごした。
第四回
2001年8月25日土曜日
「夏をサボったアナタのために夜を徹して夏祭り」
はじめて東京を飛び出した庚申講。鎌倉由比ヶ浜の、海水浴場にテントを張って遂行した。参加は三十八人。テーマどおり、夏やり残してしまったこととして、花火、海水浴、スイカ割り、バーベキュー、キモだめしなどを行った。この回で養命酒が公式飲料になる。
第五回
2001年10月24日水曜日
「醸造道場」
夜を徹して何かを作ってみよう、ということで、この回は以下の品目を自家製造した。
★ビール
麦芽を煮込んでイーストを加え、樽で醗酵させたあと瓶詰め。雑菌が入らないよう、部屋と人間を完全に消毒してから、全員がマスク着用で作業した。このビールは次の庚申講でお披露目となる。
★ワイン
講員の実家である岡山のブドウ園から取り寄せた8kgものブドウを、種取りなどして醗酵させる。醸成期間が長いため、完成は来年の夏の予定。
★燻製
肉やチーズをひたすら燻(いぶ)す。火の調節が難しいうえに地味な作業となるが、出来たものは取り合いになるほど美味い。
★ヨーグルト
ついでに作ってみた。みんなで朝食に食べた。
第六回
2001年12月23日日曜日
「
2001年のシメとなるこの回は、東洋的クリスマス会というテーマの庚申講。
九段下の某所を借り切り、内容も特大クリスマスケーキ、公式遊戯ジェンガに庚申堂麦酒製品発表、朝のテクノラジオ体操となんでもありで、最後を飾るに相応しい"宴"となった。また、この回でははじめて、別の集いとのジョイント形式が採用され、0時からの第二部には、さらに渋谷から参加者が合流した。
庚申堂のシンボルマークが披露される。
2002年
第七回
2002年2月21日木曜日
「またりックス~なぜ、くつろがない~」
平日だし、2002年最初の講だし、まったり行こうよということで、24時間制のスパ「葛西健康センターゆの郷」で過ごした。部屋を借りて庚申堂ビールを内緒で持ち込み、風呂あがりに浴衣で宴会。プレステやジェンガに興じた、らしい。
実は堂守はこの回、諸事情のため午前3時から参加したので、どんな樣子だったかぜんぜん知らない。しかも、堂守以外全員、あまりの快適さに途中から爆睡していたので、講の全容を知っているものは誰も居ないという、空白の回となった。
第八回
2002年4月22日月曜日
「F・D・T・D ~1000点ボール the 2nd ~」
第三回庚申講でやった企画「1000点ボール」を、場所とメンツを一新してふたたび開催。この回は月曜日であることと、
企画が苛酷だということで、ほんの一部の人たちだけに告知し、こっそり開催した。
実施会場は東村山市の久米川ボールで、無事に1000点ボールを終えたあとは、車であやしく楽しい山口
観音に行き、その高台でtecnoラジオ体操を遂行した。 (F・D・T・D = From Dusk Till Dawn)
第九回
2002年6月21日金曜日
「
東京庚申堂プレゼンツ期間限定居酒屋「呑喰処 かのえさる」にて開催。
第一部は、玄米食に挑戦。みんなでこれぞというおかずを持ち寄り、玄米を食べた。日付が変わってからの第二部は手拭体操。
この日のために作られた庚申堂オリジナル手拭を使い、駒沢公園で輪になって体操した。
第十回
2002年8月20日火曜日
「モー蟲。~モーニングまで蟲取り~」
高尾山にて昆蟲採集を決行。まずは高尾山口からケーブルカーに乗り、山頂のビアガーデンならぬ「高尾山ビアマウント」
にて心身の充電をはかる。その後は一晩中山を歩きまわり、網を使ったり蜜を仕込んだりして蟲取りに没頭した。
蟲果は、カミキリ、殿様バッタ、セミなど。
第十一回
2002年10月19日土曜日
「
前衛舞踏家滑川五郎氏のご好意により、栃木県にある大谷バウハウスを借り切って一夜をすごした。
昼過ぎにクルマで大谷に入り、巨大石採掘(大谷資料館)や「正嗣」の餃子、温泉などをめぐる。メインイベントは「月見」になる予定だったが、
当日はあいにくの雨。よってバウハウスの天井に描かれた大きな月の絵を見ながら、「越乃雪月花」「〆張鶴<月>」など名前に月の入った酒を飲みつつ、
「月夜の餅つき」「月夜の投扇興」を行った。
また、この回は滑川五郎氏をはじめとする地元の方々や、たまたま大谷に来ていた日本デザイナー学院の学生さんたちにご参加いただき、いつになく参加者年齢層のあつい庚申講となった。
新製品「庚申堂麦酒プレミアム」完成披露。
第十二回
2002年12月18日水曜日
「庚甲講」
前回の「月」を受けて、きわめて安易に数時間にわたる討議のすえ、「スッポン」をモチーフとする。生きているスッポンをその場で解体し、生き血を飲み、鍋にして食べた。
スッポンには各種ビタミンやコラーゲンが豊富に含まれており、滋養強壮や美容に効果がある。その所為か、この回の庚申講はいつも以上に、朝まできっちりハイテンションで過ごした。
東中野に構えた東京庚申堂本堂を披露。
2003年
第十三回
2003年02月16日日曜日
「
初庚申なんだから、庚申講っぽいことをしよう、ということで、昼の部は柴又帝釋天と巣鴨庚申塚にお参りに行った。
夜は三尸が嫌うと伝えられる蒟蒻をコンニャクイモから製造。大鍋でこしらえた豚汁にいれてみんなで食べる。
この日は日曜だったためか、下は十九歳から上は三十ウン歳まで、総勢二十人以上が本堂に結衆。狭い堂内で全員がコワレ気味の夜となった。
吐くまで呑もうホトトギス。
第十四回
2003年4月17日木曜日
「
脳内麻薬でアタマの中の蟲退治。やればハイになる、灰になる。
苛酷だけれども人気の企画「1000点ボウル」を、一年ぶりに開催。
例年どおりの異様なハイテンションのなか、新宿ミラノボールにて投げまくった。
一番早く1000点を突破して抜けたのは、あっきぃ氏(7ゲーム6フレーム)だった。朝方タクシーで庚申堂に移り、表彰式と打ち上げ。
この回から、優勝者に盾が授与される。
第十五回
2003年6月16日月曜日
「またりックス リローデッド」
第七回庚申講に続き二回目となる、健康ランドでの庚申講。マトリックス第二作の公開を祝って決行される。
第一部 アニまたりックス
お堂でまったり。史上最強のまったりアニメ「おじゃる丸」を延延観ながら、ひたすら酒をあおる。
第二部 またりックス リローデッド
お風呂でまったり。日付が変わってからお台場へ移動し、レインボーブリッジのふもとから歩いて「大江戸温泉物語」へ。
「道路の真ん中でラジオ体操」「大江戸温泉前で巨大ノボリ振りまわし」などのムリヤリな体力消耗企画ののち、
温泉でくつろぐ。例によって爆睡者続出。日の出まで生き残ったのは三人であった。なお、この日ヒーローにより、ひとつの伝説が生まれる。
本堂のバージョンが1.00達成。
第十六回
2003年08月15日金曜日
「
雨天のため、当初予定していた野外での企画を急遽変更し、お堂にて庚申講を行った。
学級通信や漢字ドリル、百ます計算、絵日記用紙などが入った庚申堂オリジナルの「夏休みの友」をみんなで
やりながら、電子ブロック、エジソン式コップ蓄音機、ペーパークラフトなどの工作系おもちゃや
スライムつくりなど、懐かしい夏休みの宿題っぽい遊びをもろもろを楽しんだ。
庚申講用タトゥースタンプ完成。
第十七回
2003年10月14日火曜日
「Internight ~Linkin' In The Rain 雨に繋げば~」
創立初期からずっと企画にあがっていながらも、あまりに特殊なネタのため実現は難しいとされていた「チャットで庚申講」が、満を持して開催される。特設の庚申堂チャットルームを使い、講員はそれぞれの自宅にて庚申講を行った。
最初こそチャットだけであったが、そのうち携帯、メール、掲示板、そしてさらにもう一つのチャットルームが駆使され、幾重にもわたる人と人とのネットワークが構築された。そこで行われたイベントは、主に以下のようなものであった。
★開会全員宣誓
「宣誓。われわれ講員一同は、正々堂々起きぬくことを誓います」という堂守の宣誓の書き込みのあとに、全員が「誓います」と打つ。
★早撃ちガンマンゲーム
堂守の"スタート!"という書き込みのあとに、誰が一番早く"バン!"と書き込めるかを競う。
★まねっこ早撃ちガンマンゲーム
上記の改良版。堂守の書いた短文を誰が一番早くタイピングし書き込めるかを競う。
★国外からのゲスト参加
たまたまこの日上海に旅行中であった蔵氏と、一年間イギリスに留学中のKyo氏を招聘。初の"世界同時庚申"が実現する。
★チャット民族大移動
ファイアーウォールのかかった環境からのアクセスに対応するため、急遽htmlで書かれたチャットルームを探し、全員がそこに移動した。
★ラジオ体操.txt
ラジオ体操のナレーションを、ラジオ体操の曲と同じタイミングでチャットに流す。曲なしビジュアルなしのテキスト表示のみで、みんながちゃんとラジオ体操ができるかという実験的ネタ。
★日の出カウントダウン
庚申講終了の五分前から、書き込みでカウントダウン。
第十八回
2003年12月13日土曜日
「またりックス レボリューションズ」
またりックス三部作の完結篇。映画「Matrix Revolution」の公開にあわせて行われた。
今回は完結篇なので、講にも"革命"を起こすべく、あえて参加を男性のみにしぼっての
まったり濃密空間を演出。全員が本家マトリックスの登場人物"エージェント・スミス"に扮し、
周囲の視線と闘いながら犬吠埼へ向かう。最後は露天風呂にて日の出を拝みつつ、ラジオ体操。
参加できなかった女性たちのために、通常の庚申堂写真館にくわえて、
特別に「裏・庚申堂写真館(有料)」も設置。イイ写真満載の必見ページである。
2004年
第十九回
2004年2月11日水曜日(祝日)
「はっけ宵!」
相撲づくしの回。
昼は野見宿弥(のみのすくね)神社から回向院、国技館にいたるまで、相撲の歴史をたどった両国
散策ののち、「ちゃんこ巴潟」にてちゃんこ鍋に舌鼓をうつ。
夜は本堂へ移動し、日本紙相撲協會のルールにのっとった本格紙相撲「トントン相撲庚申場所」を開催。優勝には○氏のmy
力士「安芸ノ丸○夫」が輝いた。
全員の勝敗結果は、こちら。
第二十回
2004年4月11日日曜日
「庚申堂
昼の部 in 八坂庚申堂
イースターといえば復活祭。ということで、京都の八坂庚申堂にて、二十四年ぶりのご本尊ご開帳に立ち会う。
さらにこの地で八坂庚申堂、伏見庚申堂、日本庚申研究会、そして東京庚申堂の関係者が集う「庚申講サミット」も開催され、ここにはじめて、庚申に関する全国的な横の連携が生まれた。
その後はみんなでまったりと京都散策。とくにちょうど真っ盛りであったおむろ桜が印象的だった。
夜の部 in 東京庚申堂
イースターといえば卵、ということで、酒の肴になる卵=魚卵をつつきながら、とびきり旨い日本酒を飲む庚申講が敢行される。
集められた酒肴は、筋子、数の子、鱈子、子持ちししゃも、子持ちはたはた、そしてキャビア。案の定脱落者をうむのに時間はかからず、結局講の成就者は二名であった。
第二十一回
2004年6月10日木曜日
「ラ体マニア」
テーマは、ラジオ体操。
アメリカの生命保険会社を源流とし、NHK、逓信省、GHQ、YMCA、日本陸軍、体操協会、社会浄化団体修養団、大日本世界教稜威会など
さまざまな団体との関わりのなかで変遷、発展してきた、ラジオ体操の75年の歴史を学ぶ。
その後は実際に、戦前版ラジオ体操第一~第三から、戦後版ラジオ体操第一~第三、現行版ラジオ体操第一~第二、
さらにはみんなの体操、テクノラジオ体操、アルゴリズム体操にいたるまで、あらゆる体操を実践してみて、普段あまり使わない筋肉を夜通しほぐし続けた。
庚申堂オリジナル「手ぬるい体操」作成。
第二十二回
2004年8月9日月曜日
「花*火*花」
夜空に花火、ジェンガで火花。
駒沢公園の、ジェンガを積んだ形によく似た「オリンピック記念塔」のふもとで、夜どおし花火とジェンガバトル(第二回ジェンガマスターズ)に興じる。
このジェンガ大会で、庚申堂としては初の「取れるピースがなくなったあと、二本で支えていた箇所の一本に重心を移し変え、無理やり取れるピースをつくって取る」
という離れ業が披露される(成功者:みっちゃん)。なお、今回の優勝者はげーまさん。
第二十三回
2004年10月8日金曜日
「バ・カーニバル」
台風直撃のなか、第四回1000点ボールが開催される。
今回の決戦の舞台は、浅草楽天地ボール。天候のせいか参加者は一様に点数が伸び悩んだが、キムケン氏が8ゲーム4フレームで無事に1000点に達し、優勝を飾った。前回優勝者のあっきぃ氏は、惜しくも準優勝で二冠ならず。
またこの回より、「1000点ボール認定証」が用意され、参加者全員に配られた。
第二十四回
2004年12月7日火曜日
「交響の場」
テーマは、ベートーベン交響曲。
「不滅の恋」、「レオン」、「時計仕掛けのオレンジ」などのベートーベンにちなんだ映画をBGVとし、第一から第九まで、ノンストップで夜通し聴いた。
同時に、「聴いた交響曲の数だけ具の種類が増えていく」という新システムの鍋「交響鍋」を実施。いつも以上に多様な参加者は鍋を囲みつつ、夜を徹してお互いに"交"わり"響"きあうこととなった。
2005年
第二十五回
2005年2月5日土曜日
「
土曜庚申のため、一泊二日で軽井沢へ。
テーマを、「大人になりたくない三十路たちの修学旅行」として、マイクロバスをチャーターし雪山を目指す。
希望者は、スキー&スノボ。やらない人もその場でカマクラつくりやソリあそびを楽しむ。
夕方からは全員で国際ルールにのっとった本格的な雪合戦、そして温泉。
夜はロッジにて鍋を囲み、参加者は一様に、童心にかえった。
第二十六回
2005年4月6日酔曜日
「
東京を代表する三つの名園の夜桜を堪能。桜前線の見立てで北上しながら、一晩かけて「夜桜の梯子」をする。
夕景の庭園
浜離宮恩賜庭園にてライトアップされた夜桜を観賞。さらにこの期間しかみられない深夜の菜の花畑でも、黄金に輝く花に酔う。
遊宴の公園
上野恩賜公園にて夜桜の下で宴会。翌日の花見のために場所取りに来ていた某企業の若手社員たちも引き入れ、共に杯を酌み交す。
幽冥の霊園
谷中霊園の名所、桜のトンネルを通る。静謐な墓地で酔っぱらって暴言を吐き続けた講員が、自転車に乗ったまま階段落ちというハプニングも。
三園を巡ったあと、千駄木に移った新・東京庚申堂本堂初公開。朝までまったりくつろぐ。
第二十七回
2005年6月5日日曜日
「根津の晩!」
日曜庚申のため、昼から集って谷根千めぐり。朝倉彫塑館、愛玉子、芋甚、へび道などメジャーどころはおさえつつ、地元ならではのマニアック空間にも入りびたる。
夕方からは根津にロケーションを絞り、山の湯でひとっ風呂浴びたあと広東料理屋「楽翠荘」にて"寝ずの番"。朝方、根津神社にて生姜(ginger)酒を飲んで了。
第二十八回
2005年8月4日木曜日
「お子サマー・ランチ!(前前夜祭)」
駒沢公園での第三回ジェンガマスターズ開催。
前回優勝者げまさんと、そのライバルで黄金の指を持つピアニスト、コージ氏が参加するも、両人ともまさかの一回戦敗退。ふらりと自転車で立ち寄ったイセが見事優勝をかざった。
他に、2日後におこなわれる庚申SUMMER05のために、中学校教師イナオ先生を招き、フォークダンスの練習を行なう。
第二十九回
2005年10月3日月曜日
「ギネスと挑戦」
ギネスビール片手に、ドミノ合宿。
日本ドミノ協会から借りた4色8,000枚のドミノ牌を使って、江戸川区瑞江の演劇スタジオに壮大な作品をつくる。
月初めの月曜日の夜という、サラリーマン的悪条件が災いしてか、同じ箇所だけ作っては崩し、作っては崩しをひたすら繰り返す、「賽の河原状態」
(©みっちゃん)の人が続出。それでも明け方にはなんとか形になり、製作9時間、実行22秒のドミノ倒しが無事終了した。→動画(WMV形式)はこちら。
第三十回
2005年12月2日金曜日
「無意味不真面目非常識」
田町の東京ポートボウルにて、第五回1000点ボウル開催。
4レーンを借り切って、13名の愚か者たちが延々6時間、死闘を繰り広げる。
ジュークボックスにエンドレスでかかる「恋のマイヤヒ」に乱舞しつづけたり、1時間に一度のサービスタイムでストライク奪取に熱くなったりと、かなりのハイテンション・ナイトとなったが、各人のボウリングの成績は総じて低め。
この回の1000点成就者は9名で、優勝はみのる氏であった。
この回より、優勝トロフィーに歴代優勝者の記されたリボンがつく。
2006年
第三十一回
2006年1月31日火曜日
「白正月」
旧暦の正月三日にあたるこの日は新年会もかねて、白いものだけを飲み食いするというネタ「白正月」の宴を楽しむ。
まずは銭湯にて禊をすまし、白身魚、しらたき、えのきだけ、大根、はんぺん、餅など白色の食材のみが入った豆乳鍋「白鍋」を堪能する。
夜は正月らしく花札や百人一首で遊んだり、新年会恒例の書初めに興じたりしながら、本格豆腐作りに挑戦。
トシエによる「午前3時の白オヤツ」(タピオカ、杏仁豆腐など)のブレイクをいれつつも豆腐は見事完成し、
出来立ての豆腐を中心とした「白朝食」で宴をしめた。
第三十二回
2006年4月1日土曜日
「梅のち桜」
通算五回目の土曜庚申。群馬へと繰り出す。
昼間東京を出発し、細野の庚申桜を観にいくが、残念ながら開花はまだだった。そこで秋間梅林へ向かい、こちらは満開であった梅に囲まれて花見をする。
夕方は下仁田にある伊勢山百庚申の視察。西下仁田温泉で身を清めたのち、百庚申の管理をされている霊山寺のお堂で、ご住職らとともに桜鍋の宴をひらく。その後、投扇興などを楽しみつつ朝を迎えた。
この日の講が、上毛新聞に掲載される。
第三十三回
2006年5月31日水曜日
「πの密室」
三代目となる新しい庚申堂本堂の開堂式。
堂守によるテープカットから、パイ投げ大合戦へと突入する。逃げ場のない部屋の中で、パイ投げ放題、飛び散り放題。存分に満喫したあと、浅草の「まつり湯」にて汗とパイを流した。
この夜の様子をYouTubeにアップ。
第三十四回
2006年7月30日日曜日
「納涼夏合宿」
初の二晩通しでの庚申講。納涼をテーマとした、大人のだらだら夏合宿。
一日目
庚申の日の前には、本堂にて隅田川花火を観覧する宴を開く。新お堂のお披露目がてら、屋上にて花火と酒を堪能。
二日目
本庚申である翌日は上野公園に出向き、「江戸趣味納涼大会うえの夏まつり」を冷やかしたあと、「第一回スワンレース※1」開催。まさかの展開で、智子さんが栄えある初回の優勝をさらう。「蓮見茶屋※2」にて一献傾けつつ休憩をいれ、夜の部へ。
夜の部の参加者と合流し、暑いなか坦坦麺など辛いものづくしのつまみで飲む。
お堂に帰り、みんなでシルバーアクセサリーづくりに没頭。さらにスイカを食べたりアイスジェンガ※3に興じたりしているうちに、日の出をむかえる。
「庚申堂銀バッヂ※4」完成。
※1 スワンレース
不忍池にあるスワンボートで速さを競うゲーム
※2 蓮見茶屋
うえの夏まつりのあいだだけ不忍池端に開かれる居酒屋
※3 アイスジェンガ
ジェンガバーを水に浸し、凍らせてから遊ぶ「納涼版」ジェンガ。時間がたつごとに氷が解けて局面が次々変化していく。
※4 庚申堂銀バッヂ
6回連続、講に出席した者のみに贈られるバッヂ。もちろん純銀製。
第三十五回
2006年9月28日木曜日
「Balloooooooooooooooon!」
げ★まさん持ち込み企画。600個以上の色とりどりの風船をみんなで膨らませ、お堂一階を風船で埋めての庚申講。
メルヘンな空間のなかで、クラウンのんきぃーによるパフォーマンスをみて、みんなでバルーンモデリングに挑戦。
風船割り競争、バルーン誕生日祝いなどで楽しんだあと、ラストはお堂屋上から明け方の空に、手紙をつけた風船を飛ばした。
第三十六回
2006年11月27日月曜日
「呑喰呆和」
18回ごとでの一区切りとなる今庚申講は、みんなでわいわい酒を飲む、という基本形をあえてテーマとする。
庚申堂公式鍋「常夜鍋」をつつきながら、庚申堂発祥の呑み遊戯を愉しむ。
酒のすすむ酒肴ナンバーワンを決める「第一回つまみ力選手権」では、ヨウイチの持参した「河豚の子糠漬」がみごと優勝した。
深夜からは、36回記念としてみんなで呑みながら「ぐい呑み」づくりに挑戦。朝までろくろと格闘し、無事にマイぐい呑みを完成させた。
オリジナルの呑みスゴロクα版初試行。
2007年
第三十七回
2007年1月26日金曜日
「
南砂町のラウンドワンにて、第六回1000点ボゥル開催。
今大会よりレーンあたりの人数を2~3人にしぼり、短時間でのバトルをくりひろげた。全員スロースタート気味ではじまったが、後半になるほどチカラがついてきてスコアが上昇するという、いままでにないケースが多くの参加者に起こる。結果、1000点ボゥル達成者は5人。
「女性参加者には300点ゲタをはかせる」という新ルールにより、優勝は700点最短達成のジェニファーが飾った。
第三十八回
2007年3月27日火曜日
「桜のち桜、ときどき桜」
「さくらの日」であるこの日、桜づくしの講を行う。
本堂近くの隅田川にかかる桜橋たもとで花見。満開の桜と、桜チップを使った燻製を楽しんだのち、お堂にて桜鍋と桜おこわを堪能する。
他にも桜の入ったワインやお菓子を味わい、そしてお堂内では桜のBGVをプロジェクターで流すなどして、一晩どっぷり桜トランスに酔いしれた。
第三十九回
2007年5月26日土曜日
「おっぱいにカンパイ!」
土曜庚申のため庚申山登頂を予定していたが、天気予報で雨天だったため急遽企画変更。「リアルサイズおっぱいプリン」とオリジナルスゴロクの二本立て企画とした。
「リアルサイズおっぱいプリン」…プリンの素8箱と牛乳4リットルを使ってボール二つ(+お椀二つ)のプリンを作り、グラビアアイドルの等身大ポスターの上に載せてみなで食べた。詳細については別ページ参照。
「オリジナルスゴロク」β版…同時に披露されたのは、第三十六回で初登場したオリジナル呑みスゴロクの、布施氏デザインのβ版。より進化した双六ゲームで夜通し楽しんだ。
また、プリンを食べ飽きた深夜ごろには、余ったおっぱいプリンでカンパイしながら双六をするという、二つの「パイ」の合わせ技の光景もみられた。
第四十回
2007年7月25日水曜日
「Outdoor Auto Dolls」
夏恒例の、屋外で行う庚申。
いつもの駒沢オリンピック記念公園で飲んだり花火したりしながらすごす。
公園の地面にマスを配置し、自らがコマになり遊ぶという、等身大のスゴロクをやってみた。
第四十一回
2007年9月23日日曜日
「パジャマ蟲」
下部組織である獅子舞集団「team4401」の新しい舞の練習に立ち会ったあと、本堂で「パジャマパーティ」を行う。トランプをはじめ、各種ゲームに興じつつ夜を明かした。
また、第三十六回庚申講で好評だった「つまみ力選手権」の続編として「おかず力選手権」も開催され、各自自慢の「ごはんにあうおかず類」が持ち寄られる。結果、オイちゃん持参の「塩鮭」が優勝を飾った。
他に、翌月から関西方面に異動になった軍曹氏の送別会も行われる。
第四十二回
2007年11月22日木曜日
「Seven Years Anniversary in Tibet」
庚申堂七周年を記念して、チベット仏教の儀式「砂マンダラ」に挑戦。
一晩中お香を焚き、BGMにチベット密教の音楽を、BGVに「セブンイヤーズインチベット」の映画を流した
"チベット仕様"の空間で、6時間10分かけて砂マンダラ制作に没頭した。
詳細の報告については、別ページ参照。
2008年
第四十三回
2008年1月21日月曜日
「Internight 2 ~庚申2.0~」
4年と3ヶ月ぶりに、インターネット上での講が行われる。その間のIT的技術革新を反映し、今回はSkypecastを使って音声を中心にした仮想の集会を開いた。
さらにweb上の共有ホワイトボードにて庚申堂新年会恒例の「2008年の抱負書初め」を実施。参加者はみな各自の家で飲みながら、ぬくぬくと庚申講を楽しんだ。
第四十四回
2008年3月21日金曜日
「今夜はブギー馬鹿」
板橋・ラウンドワンスタジアム板橋店にて、第七回1000点ボゥル開催。
スチャダラパーの名曲「今夜はブギー・バック」をリスペクトしたこの回では、テーブルのピザプラスモーチキンを、ビールでイッキに流し込みながら、
夜通し投げたり、ジュークボックスの曲にあわせて踊ったりした。
全員目標の点数まで投げ終え、近くのデニーズで表彰式&打ち上げ。
今回より、男女2部制にし、それぞれの優勝者を決めるシステムとする。
男子の部の優勝は慎也くん、女子の部は前回に引き続き2冠達成のジェニファーが飾った。
第四十五回
2008年5月20日火曜日
「東京行進道」
満月の夜、河沿いに海を目指すの回。
コースを隅田川に設定。千住の白鬚橋から東京湾直前に架かる勝鬨橋までをムーンライトウォーク、いわゆる「隅田川18橋」のうち、鉄橋をのぞいた16個の橋を全踏破した。
一つ一つ違う橋のつくりや特徴を学びながら早朝の築地に到着。〆で魚河岸を見学し、新鮮な海の幸の朝食を堪能した。
詳細な報告は、こちら(スライドショー)。
第四十六回
2008年7月19日土曜日
「庚申Summer DX ニッポンの林間学校」
夏真っ盛りでの土曜庚申。
毎年恒例の海行きにも飽きてきたので、あえて今回は山へ。バスを貸切り、日本一とか日本有数をちりばめた、貴重な体験や名所を巡る一泊二日の旅行に出かけた。行き先は千葉~茨城北部。主なコンテンツは、以下。
→日本一のフィールドアスレチックで遊ぶ(清水公園)
→日本最長の大吊橋を渡ってみる(竜神峡)
→日本一美味い軍鶏=奥久慈しゃもでBBQ!(上小川レジャーペンション)
→日本三名瀑の一つを観光(袋田の滝)
→日本第三位の超アルカリ温泉でお肌ツルツル!(里美温泉・ぬく森の湯)
→蕎麦打ち教室で日本一のそばを自作する!(里美ふれあい館)
第四十七回
2008年9月17日水曜日
「スイーツ(蟲)」
お菓子をテーマにしたはじめての女子向け庚申。
お菓子を食べたり作ったり、お菓子で遊んだりお菓子アクセサリーに挑戦したり。
企画持ち込み=ひさぺえ、監修=トシエによる、スイーツづくしの甘い一夜。主なコンテンツは以下。
お菓子の家をつくろう
大きめのリカちゃんハウスぐらいのお菓子の家を制作。
第一回東京庚申堂スイーツ選手権
腕に覚えのある五人の手作りお菓子の食べくらべ。優勝者は智子さんだった。
庚申堂オリジナルどら焼きをつくろう
特注の「蟲印焼印」を一つ一つに押してつくった。
遊び系お菓子大集合
「ねるねるねるね」など遊んで美味しいお菓子をいろいろ試した。
スイーツ系デコレーションを楽しもう
「こなぷん」「デコッティ」「ホイップる」を使ってパティシエ修行。
お菓子でジェンガ
ココアシガレットを使ってジェンガ。
第四十八回
2008年11月16日日曜日
「日本美味三昧」
鉛筆ゴルフで日本各地(のふるさとアンテナショップ)を縦断するゲームを開発。日中はそのゲームをプレイしながら日本中の特産品や地酒を入手する(詳細はこちら)。夜はいつになく豪華な各地の酒肴に舌鼓を打ちながら、朝まで飲み明かした。なお、ゲームの優勝者は火影であった。
2009年
第四十九回
2009年1月15日木曜日
「摩訶不思議手品百物語」
一晩で手品を100個やりとげようというだけの講。
参加者に各自持ちネタがある場合はそれを披露し、ネタがない場合は用意された玩具売り場などで買えるマジック道具や素人向けの手品の本を使ってその場で習得。全員でひたすら演じ続ける。今回特別にご参加いただいた元プロマジシャンのU氏と伊予独楽の徳ノ介師匠による、ホンモノの芸も贅沢にとりまぜつつ、また見せ方のコツなどを教わりながら、朝6時50分、めでたく100個を達成した。
詳細の報告については、別ページ参照。
第五十回
2009年3月16日月曜日
「∞界-openside-」
お堂を目張りし、全く光の入らない仕様で一夜過ごした暗闇庚申。
食感や味で「何を食べているのか」を当てながらの「闇ごはん」、各自持ち寄りの具での「闇鍋」、目隠ししアテンドしてもらいながら夜の東京を歩く「闇散歩」に加え、三笑亭夢吉さんによる「闇落語」も堪能し、視覚以外の感覚をおおいに刺激し続けた。
詳細の報告については、別ページ参照。
第五十一回
2009年5月15日金曜日
「小人閑居為馬鹿」
平和島にある平和島スターボウルにて、第八回1000点ボゥル開催。
今回、通常の1000点ボールに加え、「みんなで達成する」目標として全員の合計で1万点を目指す「10000点ボール」をやってみる。結果など詳細については、こちら参照。優勝は男子の部は二冠達成の慎也くん。女子の部はるぅとなった。
第五十二回
2009年7月14日火曜日
「Drive Tribe」
火影持ち込み企画。レンタカーで朝まで東京近郊をドライブしながらの庚申講。
ラーメンの色で本堂に結界を張る「ラーメン四神相応」のネタでラーメン屋をハシゴしたあと、お台場に等身大ガンダムを観に行ったり、日の出スポットを探したりした。
第五十三回
2009年9月12日土曜日
「SOEUL,CRAZY SOUL.」
初の海外遠征。2泊3日ソウルの旅を敢行し、チムジルバンという、韓国式スパにて庚申講を行った。
決行した主なネタは、以下の3本。
→新婚旅行についていった。
→特別機内食食べくらべ
→韓国食ビンゴ!
せっかくなので海外布教も兼ねようということで、機会があるたびに現地の人に庚申について説明する韓国語のビラを手配りした。また最後の夜には、旅の思い出を各自が絵日記にしたためた。
第五十四回
2009年11月11日水曜日
「茶茶香香」
智子さん持ち込み企画で、お茶とお香づくしの講を実施した。
まずは群馬県の一部地域にしか残っていない、「お茶講」とよばれるお茶の当てっこを再現。
続いて似た遊びで、こちらは抹茶を使って茶道で行われる「茶カブキ」も行う。第二部では「四銘香」という、これまたお香の種類を当てる遊戯を行い、最後はお香作り体験として各自が決めたテーマで、匂い袋や線香を作った。
2010年
第五十五回
2010年1月10日日曜日
「生麦生亀生ビール」
ホスト役5人によるおもてなしの回。講の2か月前にキリンビール生麦工場にて自ビールを仕込み、さらに当日スッポン鍋、ピロシキ、豆腐、麺から作った焼きそばなどで来場者をもてなした。後半は堂守自身の毛髪をつかんでの書き初め大会、俳優水口ケンロウの断髪式(→動画)、御影さんの庚申講についての卒論発表など盛りだくさんのコンテンツで盛り上がった。
第五十六回
2010年3月11日木曜日
「Internight 3 ~庚申3.0D~」
ついに3回めとなったネットでの庚申講。当世流行りのwebサービス、「アメーバピグ」「Ustream」「twitter」の3種のソーシャルメディア神器を立体的に横断し、各自が家にいながらweb空間での庚申講を楽しむ回となる。結果、庚申を成就したのは、ネット慣れした3名であった。
第五十七回
2010年5月10日月曜日
「The 三尸様」
通称ファミレス庚申。デニーズ南青山店に集い、各自で持ち寄ったオモチャやマンガなどで夜通しヒマをつぶす。この回で見事庚申参加30回めとなったトシエへ特別蟲Tが贈られ、また朝には隣の青山霊園でトシエのご先祖様にお参りした。
第五十八回
2010年7月9日金曜日
「ボーリング馬鹿一代」
庚申堂本堂にて、第九回1000点ボール開催。
Wii、iphone、卓上、廊下など、デジタル&アナログとりまぜた計6種のボーリングゲームを用意し、すべてをプレイすることで合計1000点を目指す。結果、1000点達成者は13人中5人。優勝者は男子の部松尾くん、女子の部ははまねえとなった。
第五十九回
2010年9月7日火曜日
「ねむらない話」
落語の「庚申待ち」のような、夜通しネタ話尽くしの回。フジテレビの人気番組「すべらない話」の形式で、サイコロで選ばれた6人のプレゼンターが、10人の観客を前にネタを披露する。内容はしゃべりあり、動画あり、パワポや模造紙のプレゼンありとバラエティに富み、計43本の"ねむらない"ネタが繰り広げられた。なお「Most Valuable ねむらない」に輝いたのは、じぇにの「インド人の性」の話だった。
最終回
2010年11月6日土曜日
「満願成就」
60日ごとの庚申講の60回目にして最終回の宴。昼間は庚申堂本堂の三軒隣にある向島三丁目町会会館を借りきり、これまでの講を懐かしむ展示会を開いた。夜はいつものように本堂にて庚申講。計50人が参加し、10年目のラストにふさわしい催しとなった。