またまたやってきました、満月の夜お届けするお話。
七回目の今日は、ぼくのところに送られてきた
一本のメールからはじまります。
蟲話07 「庚申堂ディテクティヴ」
◆ H氏からの依頼
ある春の日、「名古屋で造園業を営む」というH氏から、
一通の依頼のメールが送られてきました。
なんでも会社の庭から突然、「猿田彦大神」と刻まれた
石碑が出てきたが、これが何なのか、どうしたらいいのか
さっぱりわからず困っている、とのこと。
どうやらネットで「庚申」などを検索していて
東京庚申堂がひっかかり、うちに相談されたようです。
◆ 石碑の内容
依頼のメールによると、その石碑には
次のような文字が入っていました。
猿田彦大神
庚申山 大宮(あるいは宝)比大神
明治20年6月吉 木林惟一
神田東福田町16番地
山口 文吉 妻 てる
長男 兼吉
次男 吉次郎
三男 久次
なるほどなるほど。
ここからいろんな推理が成り立ちます。
まず、この石碑は庚申塔、つまり庚申信仰による
祈願のために建てられた塔だといえます。
猿田彦というのは神道系の庚申信仰の代表的な
神様ですし、庚申山は栃木にある2000m弱の山で、
庚申講の信仰対象の一つです。
また、「大宮(あるいは宝)比大神」とあるのはおそらく
「おおみやひめのおおかみ」のことでしょう。
この神様は市場の神様とされているので、
この塔は庚申信仰を受け継ぐ山口さん一家が
商売繁盛を祈念して建てたものなのかもしれません。
でも、わかったのはここまででした。
「木林惟一」というのは誰?
「神田東福田町」っていったいどこ?
◆ 助っ人戸渡さんの知恵
こういうときは、福岡に住む庚申研究家
戸渡さんの出番です。
メールで相談すると、戸渡さんはすぐさま、
いくつかのアドバイスを返してくれました。
まず、木林惟一というのは、庚申山の道を開いた
修験者だとのことでした。
それと、神田東福田町というのはおそらく、
東京府神田区神田東福田町のことだろう、
ということも教わりました。
なんと、東京の神田のことだったとは。
これも当時の大日本帝国陸地測量部が作った
地図があれば、だいたいの位置がわかるそうです。
◆ 資料渉猟、現地調査
木林惟一なる修験者について調べていくと、
50年ほど前まで庚申山のふもとに、
猿田彦神社があったことがわかりました。
残念ながら今はなくなっていましたが、
今回の庚申塔はおそらく、ここを拠点とする信仰から
生まれたものだろうと推測できます。
さらにぼくは都立図書館に行き、明治20年当時の
神田区の地図のコピーをとってきました。
このコピーに、同縮尺の現在の千代田区周辺の地図を
重ね合わせてみれば、現在の番地がわかるはずです。
これはやってみるとそれほど簡単ではない作業でした。
当たり前ながら100年以上前の地理は、
現在とはずいぶん異なっていて、小さな川は
ほとんどが地下に入り、道もかなり整理されています。
いろいろ試行錯誤して、大きな川と橋、神社などを
目印に、なんとか地図を重ね合わせることができました。
よし。明治20年の神田東福田町16番地は、
現在の千代田区岩本町1丁目13番地あたりだ!
ここまできたら、行ってみるしかありません。
ぼくはいそいそと現場におもむきました。すると!!
…予想どおりというか、そこには高層マンション
とオフィスビルが立ち並んでいました。
まあ、千代田区だもんなぁ。あたりまえか。
少しがっかりしつつも、近くにある神社に行ってみると、
そこの「改築世話役」として山口某という名が
古い石塔に刻まれていました。
明治20年の山口家も、庚申塔を建てるぐらいだから
わりと有力者だったはずで、だとすればこの山口某も
関連のある人物なのかもしれません。
◆ 庚申塔、故郷へ
などといろいろ調べ、H氏の先祖をたどると
東京に住んでいたことなどもわかったりしたのですが、
結局元の持ち主に行き着くことはできませんでした。
さて、問題はその庚申塔をどうするか、です。
当初はH氏より、東京庚申堂に寄贈したいとの
要望もありましたが、庚申塔とはようするに
大きな岩であり、なかなか空間的に難しいし、
そもそも庚申山系の庚申講とうちとは
直接のつながりはありません。
そんななか折りよく、庚申山にある猿田彦神社跡地を
管理している、中村さんという宮司がみつかったので、
その方に頼んで保管してもらうことでまとまりました。
ということで、明治時代の東京で造られ、
現代の名古屋で発見された庚申塔は、
めぐりめぐって、ぶじに庚申山信仰発祥の地に
おさまることになりました。
これにて、一件落着。
■
蟲話に何回か出てきている庚申山ですが、残念ながら
ぼくはまだ一度も、訪れたことがありません。
でも来年にはきっと登頂に挑戦し、
神社に置かれた庚申塔も観てこようと思います。
今日は旧暦の8月15日で中秋節、つまり
「中秋の名月」がみられる日なのですが、
今夜もまた、あまり天気がよくない様子。
まあ一杯やりながら、雲の隙間に目を凝らして待っていれば、
月もきっと、期待に応えて出てきてくれると思います。
そうそう、お団子も忘れずに。
次の満月は、十月二八日です。
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