満月の日の夕方におおくりする、通称蟲話。
今回の蟲話は、本当に蟲のお話です。
蟲話11 「偽三尸があらわれた!」
◆ 三尸の他にもいた、体内に巣食う蟲たち
毎度おなじみの三尸(さんしー)は、
人間の身体の中にいて悪さをする三匹の蟲。
この三尸が庚申の日に、
神さまに悪事を告げ口しに行かぬよう、
身体から"出ないよう見張る"のが、庚申講でした。
ところが、いろんな文献を渉猟してみると
人の体内で悪さをする虫は、他にもいることがわかりました。
今回はこの蟲たちをあつめて、
もう一方の三尸=偽三尸として、
ご紹介していこうと思います。
◆ お酒が大好きな「酒虫」
一匹目は、中国の「聊斎志異」という
本に出てくる、酒虫という虫です。
のちに芥川龍之介も、同じ話を短編にしています。
酒虫が身体の中にいると、大酒飲みになります。
一度飲むと甕(かめ)が空いてしまい、
しかも決して酔っぱらわない。
物語に出てくる劉さんはまさにこの状態。
本人は病気だと気づかなかったのですが
たまたま出くわした坊さんに病気だぞといわれ、
ではお願いしますと治してもらうことになりました。
で、その治療法はといえば、
裸で縛られたまま日向に転がっているだけ。
そしてその目の前に、酒瓶を置いておく。
劉さん、やがて喉が渇いてきますが、
縛られて動けないため、酒が飲めません。
うう、と首を伸ばした瞬間、我慢しきれなくなった
体内の酒虫が口から出て酒瓶に入る、というわけ。
劉さんたちが酒瓶をのぞくと、
目鼻のある9センチぐらいの
赤い肉のかたまりみたいなものが、
うようよ泳ぎながら酒を飲んでいました。
劉さんはその様子を見た瞬間から、お酒を飲みたく
なくなってしまいましたとさ。
◆ 「疝気の虫」の好物はなんと、蕎麦!
二匹目の疝気の虫は、おもに日本の落語に出てきます。
疝気の虫も人間の体内に棲むのですが、
こいつらの好物は、蕎麦。
宿主が蕎麦を食らうと、うれしくなって
体内のいろんな筋をひっぱって腹痛を起こします。
で、反対に嫌いなものが唐辛子。
唐辛子に触れた部分は腐ってしまうので、
唐辛子が来たときには「別荘」に逃げ込む。
別荘とは睾丸のことで、ここが避難所になるのだといいます。
さて、夢の中でそのことを聴いたお医者さん、
さっそく疝気の患者に出会い、蕎麦を用意させます。
で、蕎麦を患者さんの奥さんに食べさせました。
すると、疝気の虫はちょうど酒虫と同じように、
蕎麦の匂いにつられて喉元まであがってきて、
とうとう奥さんの口からその体内に移っちゃうんですね。
ここぞとばかりに、医者は奥さんに唐辛子入りの水を飲ませる。
そこで、虫たちは大慌てで云います。
「たいへんだ!早く別荘に逃げこめ〜。…おや、別荘がない」
三遊亭圓遊という咄家が、好んで演っていたようです。
◆ 「応声虫」、腹に出てきて喋るわ、食うわ
三匹目の「応声虫」の症状は、
他のに比べて豪快で、しかもやっかいです。
こいつが体内に入ると、腹に口の形の腫れ物ができ、
オウムのように人真似をします。
しかもその口が食い物を要求し、やたら食う。
食わせないと、腹の口はわめき、宿主は高熱を出します。
この虫の駆除には、雷丸という薬が使われました。
なんでも、宿主が本草という薬学の本に載っている
薬の名を順に読んでいくと、
腹の口はなんでも真似をするくせに
雷丸のところだけ、黙っていたらしい。
なんと正直な。
で、この雷丸を患者に飲ませると、
肛門から33センチもある、角の生えたトカゲみたいなのが
出てきて、完治したといいます。
応声虫、症状に似てその正体も豪快でした。
驚くことにその雷丸は漢方薬として、
いまでも普通に売られていました。
ではその効用はと調べると、やっぱり駆虫でした。
さすがは中国。どこまでが本気なのかわかりません。
(ちなみに澁澤龍彦はこれを「電丸」と記していますが、
おそらく誤記かと思われます)
てなことで、それぞれ個性的な三種の蟲たちがあつまりました。
まとめて偽三尸のできあがり、と独り悦に入っていたのですが、
…いや、まてよ。
◆ 偽庚申講のお誘い
ここで思い起こされるのが、ぼくのことです。
ぼくは痩せているくせに大酒のみで、大食らい。
いくら飲んでも酔いませんし、いくら食べても太りません。
しかも、大の蕎麦好きときていて、
昼下がりに仕事さぼって蕎麦屋で過ごすのが何よりの楽しみ。
気づけば丸四年、庚申講を成就しつづけ、
三尸の見張りを成功させてきたぼくですが、
じつは知らず体内に、偽三尸も飼っちゃってるのかも。
(蕎麦には必ず七味を使うけど、さては虫め、
ぼくの"別荘"に逃げ込んでいるのだろうか)
よし、ならばいつかお酒と蕎麦と雷丸を用意して
偽三尸を"追い出す"ための、
「偽庚申講」でもやってみようかな。
どなたか、ご一緒しませんか?
■
厳密に、本当に厳密にいうならば、
満月という状態は一瞬で、それより前は月が満ち、
その後にはすぐ、欠けはじめています。
その満ち欠けの切り替わりの一瞬が、
今月は今日の19時32分13秒。
今夜はその瞬間を、月を眺めながら過ごしてみる、
なんて趣向はいかがでしょうか。
次の満月は、ニ月ニ四日です。
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