三尸の他にもいた、体内に巣食う蟲たち
毎度おなじみの三尸(さんしー)は、人間の身体の中にいて悪さをする三匹の蟲。この三尸が庚申の日に、神さまに悪事を告げ口しに行かぬよう、身体から"出ないよう見張る"のが、庚申講でした。
ところが、いろんな文献を渉猟してみると人の体内で悪さをする虫は、他にもいることがわかりました。今回はこの蟲たちをあつめて、もう一方の三尸=偽三尸として、ご紹介していこうと思います。
お酒が大好きな「酒虫」
一匹目は、中国の「聊斎志異」という本に出てくる、酒虫という虫です。のちに芥川龍之介も、同じ話を短編にしています。
酒虫が身体の中にいると、大酒飲みになります。一度飲むと甕(かめ)が空いてしまい、しかも決して酔っぱらわない。物語に出てくる劉さんはまさにこの状態。本人は病気だと気づかなかったのですがたまたま出くわした坊さんに病気だぞといわれ、ではお願いしますと治してもらうことになりました。
で、その治療法はといえば、裸で縛られたまま日向に転がっているだけ。そしてその目の前に、酒瓶を置いておく。劉さん、やがて喉が渇いてきますが、縛られて動けないため、酒が飲めません。うう、と首を伸ばした瞬間、我慢しきれなくなった体内の酒虫が口から出て酒瓶に入る、というわけ。
劉さんたちが酒瓶をのぞくと、目鼻のある9センチぐらいの赤い肉のかたまりみたいなものが、うようよ泳ぎながら酒を飲んでいました。劉さんはその様子を見た瞬間から、お酒を飲みたくなくなってしまいましたとさ。
「疝気の虫」の好物はなんと、蕎麦!
二匹目の疝気の虫は、おもに日本の落語に出てきます。疝気の虫も人間の体内に棲むのですが、こいつらの好物は、蕎麦。宿主が蕎麦を食らうと、うれしくなって体内のいろんな筋をひっぱって腹痛を起こします。
で、反対に嫌いなものが唐辛子。唐辛子に触れた部分は腐ってしまうので、唐辛子が来たときには「別荘」に逃げ込む。別荘とは睾丸のことで、ここが避難所になるのだといいます。
さて、夢の中でそのことを聴いたお医者さん、さっそく疝気の患者に出会い、蕎麦を用意させます。で、蕎麦を患者さんの奥さんに食べさせました。すると、疝気の虫はちょうど酒虫と同じように、蕎麦の匂いにつられて喉元まであがってきて、とうとう奥さんの口からその体内に移っちゃうんですね。ここぞとばかりに、医者は奥さんに唐辛子入りの水を飲ませる。
そこで、虫たちは大慌てで云います。「たいへんだ!早く別荘に逃げこめ~。…おや、別荘がない」三遊亭圓遊という咄家が、好んで演っていたようです。
「応声虫」、腹に出てきて喋るわ、食うわ
三匹目の「応声虫」の症状は、他のに比べて豪快で、しかもやっかいです。こいつが体内に入ると、腹に口の形の腫れ物ができ、オウムのように人真似をします。しかもその口が食い物を要求し、やたら食う。食わせないと、腹の口はわめき、宿主は高熱を出します。
この虫の駆除には、雷丸という薬が使われました。なんでも、宿主が本草という薬学の本に載っている薬の名を順に読んでいくと、腹の口はなんでも真似をするくせに雷丸のところだけ、黙っていたらしい。なんと正直な。
で、この雷丸を患者に飲ませると、肛門から33センチもある、角の生えたトカゲみたいなのが出てきて、完治したといいます。応声虫、症状に似てその正体も豪快でした。
驚くことにその雷丸は漢方薬として、いまでも普通に売られていました。ではその効用はと調べると、やっぱり駆虫でした。さすがは中国。どこまでが本気なのかわかりません。(ちなみに澁澤龍彦はこれを「電丸」と記していますが、おそらく誤記かと思われます)
てなことで、それぞれ個性的な三種の蟲たちがあつまりました。まとめて偽三尸のできあがり、と独り悦に入っていたのですが、…いや、まてよ。
偽庚申講のお誘い
ここで思い起こされるのが、ぼくのことです。ぼくは痩せているくせに大酒のみで、大食らい。いくら飲んでも酔いませんし、いくら食べても太りません。しかも、大の蕎麦好きときていて、昼下がりに仕事さぼって蕎麦屋で過ごすのが何よりの楽しみ。
気づけば丸四年、庚申講を成就しつづけ、三尸の見張りを成功させてきたぼくですが、じつは知らず体内に、偽三尸も飼っちゃってるのかも。(蕎麦には必ず七味を使うけど、さては虫め、ぼくの"別荘"に逃げ込んでいるのだろうか)
よし、ならばいつかお酒と蕎麦と雷丸を用意して偽三尸を"追い出す"ための、「偽庚申講」でもやってみようかな。どなたか、ご一緒しませんか?