第一一回 2005.01.25 配信



満月の日の夕方におおくりする、通称蟲話。 今回の蟲話は、本当に蟲のお話です。





蟲話11 「偽三尸があらわれた!」


◆ 三尸の他にもいた、体内に巣食う蟲たち

毎度おなじみの三尸(さんしー)は、 人間の身体の中にいて悪さをする三匹の蟲。 この三尸が庚申の日に、 神さまに悪事を告げ口しに行かぬよう、 身体から"出ないよう見張る"のが、庚申講でした。

ところが、いろんな文献を渉猟してみると 人の体内で悪さをする虫は、他にもいることがわかりました。 今回はこの蟲たちをあつめて、 もう一方の三尸=偽三尸として、 ご紹介していこうと思います。


◆ お酒が大好きな「酒虫」

一匹目は、中国の「聊斎志異」という 本に出てくる、酒虫という虫です。 のちに芥川龍之介も、同じ話を短編にしています。

酒虫が身体の中にいると、大酒飲みになります。 一度飲むと甕(かめ)が空いてしまい、 しかも決して酔っぱらわない。 物語に出てくる劉さんはまさにこの状態。 本人は病気だと気づかなかったのですが たまたま出くわした坊さんに病気だぞといわれ、 ではお願いしますと治してもらうことになりました。

で、その治療法はといえば、 裸で縛られたまま日向に転がっているだけ。 そしてその目の前に、酒瓶を置いておく。 劉さん、やがて喉が渇いてきますが、 縛られて動けないため、酒が飲めません。 うう、と首を伸ばした瞬間、我慢しきれなくなった 体内の酒虫が口から出て酒瓶に入る、というわけ。

劉さんたちが酒瓶をのぞくと、 目鼻のある9センチぐらいの 赤い肉のかたまりみたいなものが、 うようよ泳ぎながら酒を飲んでいました。 劉さんはその様子を見た瞬間から、お酒を飲みたく なくなってしまいましたとさ。


◆ 「疝気の虫」の好物はなんと、蕎麦!

二匹目の疝気の虫は、おもに日本の落語に出てきます。 疝気の虫も人間の体内に棲むのですが、 こいつらの好物は、蕎麦。 宿主が蕎麦を食らうと、うれしくなって 体内のいろんな筋をひっぱって腹痛を起こします。

で、反対に嫌いなものが唐辛子。 唐辛子に触れた部分は腐ってしまうので、 唐辛子が来たときには「別荘」に逃げ込む。 別荘とは睾丸のことで、ここが避難所になるのだといいます。

さて、夢の中でそのことを聴いたお医者さん、 さっそく疝気の患者に出会い、蕎麦を用意させます。 で、蕎麦を患者さんの奥さんに食べさせました。 すると、疝気の虫はちょうど酒虫と同じように、 蕎麦の匂いにつられて喉元まであがってきて、 とうとう奥さんの口からその体内に移っちゃうんですね。 ここぞとばかりに、医者は奥さんに唐辛子入りの水を飲ませる。

そこで、虫たちは大慌てで云います。
「たいへんだ!早く別荘に逃げこめ〜。…おや、別荘がない」
三遊亭圓遊という咄家が、好んで演っていたようです。


◆ 「応声虫」、腹に出てきて喋るわ、食うわ

三匹目の「応声虫」の症状は、 他のに比べて豪快で、しかもやっかいです。 こいつが体内に入ると、腹に口の形の腫れ物ができ、 オウムのように人真似をします。 しかもその口が食い物を要求し、やたら食う。 食わせないと、腹の口はわめき、宿主は高熱を出します。

この虫の駆除には、雷丸という薬が使われました。 なんでも、宿主が本草という薬学の本に載っている 薬の名を順に読んでいくと、 腹の口はなんでも真似をするくせに 雷丸のところだけ、黙っていたらしい。 なんと正直な。

で、この雷丸を患者に飲ませると、 肛門から33センチもある、角の生えたトカゲみたいなのが 出てきて、完治したといいます。 応声虫、症状に似てその正体も豪快でした。

驚くことにその雷丸は漢方薬として、 いまでも普通に売られていました。 ではその効用はと調べると、やっぱり駆虫でした。 さすがは中国。どこまでが本気なのかわかりません。 (ちなみに澁澤龍彦はこれを「電丸」と記していますが、 おそらく誤記かと思われます)

てなことで、それぞれ個性的な三種の蟲たちがあつまりました。 まとめて偽三尸のできあがり、と独り悦に入っていたのですが、 …いや、まてよ。


◆ 偽庚申講のお誘い

ここで思い起こされるのが、ぼくのことです。 ぼくは痩せているくせに大酒のみで、大食らい。 いくら飲んでも酔いませんし、いくら食べても太りません。 しかも、大の蕎麦好きときていて、 昼下がりに仕事さぼって蕎麦屋で過ごすのが何よりの楽しみ。

気づけば丸四年、庚申講を成就しつづけ、 三尸の見張りを成功させてきたぼくですが、 じつは知らず体内に、偽三尸も飼っちゃってるのかも。 (蕎麦には必ず七味を使うけど、さては虫め、 ぼくの"別荘"に逃げ込んでいるのだろうか)

よし、ならばいつかお酒と蕎麦と雷丸を用意して 偽三尸を"追い出す"ための、 「偽庚申講」でもやってみようかな。 どなたか、ご一緒しませんか?




厳密に、本当に厳密にいうならば、 満月という状態は一瞬で、それより前は月が満ち、 その後にはすぐ、欠けはじめています。 その満ち欠けの切り替わりの一瞬が、 今月は今日の19時32分13秒。
今夜はその瞬間を、月を眺めながら過ごしてみる、 なんて趣向はいかがでしょうか。
次の満月は、ニ月ニ四日です。







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