もうひとつのモチーフ
庚申講には、いろんなところで「サル」が出てくる。というおはなしを、前回の蟲話「サルが
ちょうどその蟲話を書いているとき、ぼくはうちの祭壇に祀られている掛け軸を眺めていて、ふと、サルの下に二羽のニワトリが描かれているのに気づきました。
はてさて、ではニワトリは、庚申講とどんなつながりがあるんだろう?
一つめの、もっともな理由
その一つめの答えは、調べるとわりと簡単に出てきました。前回の蟲話にも出てきた、青面金剛という庚申の神さま、この神使(お稲荷さんにとっての狐みたいなもの)が、実はニワトリだったようなのです。
前回の蟲話で、青面金剛は山王権現から神使のサルを引き継いだ、と述べましたが、つまりニワトリは主人が出世したさい、一番の家来の座を、サルに奪われていたのですね。
とはいっても、ニワトリも一応、古参の家来ではあるので、青面金剛のいるところには、ちょこっと下のほうに描かれているというわけです。
二つめの、もっともっともな理由
そんな"神さまがわの都合"みたいな理由のほかに、もっと実際の庚申講に即した説も見つけました。
庚申講は基本的には、夜通し起きている行事ですが、ある地域ではその終わりが、「ニワトリが鳴くまで」と規定されていたのです。
ならばその地域の人々にとってニワトリの鳴き声は、眠くてつらい庚申講の終わりを告げ、人々を日常に戻してくれる、ひとつの区切りのような存在。だからこそ下部にニワトリが現れてくるのだろう、と、その説は述べています。
ほう、つまり当時の人々はニワトリの絵を見つつ、ニワトリを待ち望んだというわけか。
そして三つめの、もっとももっともらしい(?)理由
それら二つの説を「なるほど」と思い、ぼくは今いちど、掛け軸を眺めました。と、そのとき、もうひとつの理由がぼくの頭に浮かんだのです。
「あ、干支もだ」
そう、子丑寅卯…の十二支の順番でも、サル(申)の次にはニワトリ(酉)が来るのです。あら、不思議。
サルを継 ぐもの
てなわけで、どの説が正しいとか、そういう話はひとまず措くと、ニワトリは・青面金剛の家来としてサルの下におり、・庚「申」講の終わりを告げてくれるものであり、・干支の順番でもサルの次にくるものである、となります。
普段目立たない下っ端ながら、しっかり庚申講の幕を引き、その後を担っていく、ニワトリ。だとすればやはり、ニワトリはサルを継ぐ大切な存在なんだ。
ううむ、サルだけじゃなく、ニワトリもまた、あなどりがたし。