第八回 2004.10.28 配信



みなさんこんばんは。
満月の夜お届けするお話、 今日は、前回のお話で出てきた我々のお仲間、 戸渡さんについて記してみようと思います。






蟲話08 「戸渡さんのこと」


◆ 戸渡さんと朝、出会う

その日ぼくはお堂で飲んだくれて朝7時に床につき、 玄関の呼び鈴に起こされたのは朝の10時でした。

こんな朝から友人が来るはずもなく、 今日は宅配便が届く予定もない。 起きぬけの作務衣姿のままドアを開けると、 そこには灰色のスーツを着た40代ぐらいの、 背筋のぴんと伸びた男性が立っていました。

セールス?近所からの苦情?ひょっとして警察? まだ覚醒しきれない頭でいろいろ考えるぼくに、
「東京庚申堂はこちらでしょうか」
と、その男性は静かに尋ねました。
「私、庚申講について研究をしている者です。  ぜひとも堂守様にお話を伺いたく参上しました」
それが戸渡俊康さんとの出会いでした。


◆ 戸渡さんと異常に盛り上がる

なにやらわけがわからないながらも、 とにかくぼくは彼を本堂に通し、 おもてなし用の中国茶を淹れました。

彼は福岡県に住む会社員であること、 庚申講関連の資料や史跡をもとめて、 全国を渡り歩いていることなどを話してくれました。 今回は、福岡からうちに来るために、 わざわざ東京に出張を入れたようです。

中国茶を飲みながら、訊かれるままに応え、 こちらからもいろいろ尋ねるうち、 ぼくはかつてないほど 会話がはずんでいることに気がつきました。

通常、ぼくが庚申講について話すときは、 ほとんどがぼくから相手への説明になります。 しかし、戸渡さんは違いました。 打てば響く。もっと深い知識と洞察が返ってくる。

以前より、庚申講関連の資料をあさってもネットを探しても 現在研究が進められている様子はなく、研究者など もうほとんどいないのではないかと思っていたのですが、 訊いてみるとやはりそのとおりらしく、 先達の研究者はすでに亡くなっているか高齢で、 現在まともに研究されている方はおそらく五人と いないでしょう、と戸渡さんは云いました。
つまりその朝、本堂では日本で五人ほどにしかわからない、 しかし本人たちにとっては幸せな、 おそろしく密度の濃い対談が行なわれていたわけです。
お茶を飲みながらの、それはそれは素敵な土曜の朝、 ぼくらはすっかり打ち解けあいました。


◆ 戸渡さん、次なる訪問へ

あっという間に昼ごろになり、戸渡さんは辞去を申し出られました。
「そろそろおいとまします。次に行きたいところがありますので」
どこかの庚申塔にでも?
「いえ、窪先生のご自宅です」
窪先生ってまさか、庚申研究の祖である窪徳忠先生?
「そうですよ。現在は引っ越されて、横浜にご在住のようです」
しかし、まだご存命だったのですか
「ええ、もう90歳を超えておられると思います」
お会いされたことは?
「いえ、初めてです」
やはり、アポはとってないんですか
「ええ、アポはとっていません。とにかく行ってみます」

アポなしで、"神"のもとへ。
ぼくは一見落ち着いた紳士の印象を受ける戸渡さんの 飽くなき好奇心と行動力に舌を巻きつつ、 先生によろしくお伝えいただくようお願いしました。
「東京庚申堂のご活動をご紹介しておきます」
と背筋を伸ばしたまま、戸渡さんは云い残していきました。


◆ そしてぼくは夢をみる

戸渡さんとは、その後も親しくお付き合いさせていただき、 民俗学的な相談にいろいろのってもらったり、 また京都の八坂庚申堂の二十四年ぶりのご開帳のときには 一緒に世紀の瞬間に立ち会ったりしました。

そして最近、戸渡さんは「日本庚申研究会」なる組織を立ちあげ、 さらなる研究にいそしんでおられます。 研究組織がないのなら、自分が作ってやろう。 戸渡さんの静かな気概が感じられ、今後の活動が期待されます。

戸渡さんのほかにも、八坂庚申堂、伏見庚申堂のご住職や、 山王日枝神社の宮司さん、また「南総里見八犬伝」に 出てくる庚申信仰を研究されている栃木の学校の先生など、 さまざまな人とお近づきになれました。
庚申堂をやってなければ、決して知り合えなかっただろう ことを思うと、なんだか不思議な気持ちになりますが、 しかし悪くない気分です。

今後はもっともっといろんな方と結びつき、いつの日か、 民間、民俗学、宗教など各界から庚申講関係者が集う 全国的な「庚申サミット」が開けたらいいな。 もちろん窪先生にもお越し願って、他人がまぎれこんでも ちっとも面白くない、とことんマニアックで贅沢な空間が 実現したら楽しいだろうな、と、ぼくは夢をみているのです。 メンバーかき集めてもきっと、10人に満たないでしょうけれどね。




戸渡さんはときどき、「博多通りもん」という 信じられないくらい美味しいお菓子を、本堂に送ってくれます。 なので本堂に出入りしている人の中には、 戸渡さんを「お菓子の人」として、認識している者も多いです。 戸渡さん、ごめんなさい。そしていつもありがとう。

次の満月は、一一月二七日です。







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