お堂の祭壇
東京庚申堂の祭壇には、複数の宗教が祀られています。むかって右側には、青面金剛という密教の神さま。むかって左側には、猿田彦という神道の神さま。そしてそのあいだ、祭壇中央の壁には蟲という字が組み込まれたオリジナルの陰陽マーク。
はじめてお堂に来た人は祭壇の前でかしわ手を打ったものやら、むにゃむにゃなにかを唱えたものやら、どうにもわからなくて、途方にくれてしまうようです。
でも、これはぼくが面白がって勝手にいろいろくっつけたから、ではありません。そもそも庚申講自体が、道教、神道、仏教など、さまざまな宗教とかかわって発展してきたという経緯をあらわしています。
庚申のいろんな神さま
庚申講には、いろんな神さまを信仰対象とするバリエーションがあります。
庚申講のそもそものルーツは、いつもお話しているように道教。だから神さまは例の、人々の寿命を決める「司命神」になります。
でも、よく考えると庚申講は「神さまに悪事を隠す」ための徹夜。騙そうとしている神さまが、信仰の対象にはなりにくいですよね。拝んでいるまさにそのとき、神のお使いを身体に閉じ込めておこうというのだから、バレたら二倍のばちがあたりそうです。よって日本に伝わってきた平安時代には、とくになにを拝むのでもなく、たんに生活習慣として庚申講が行われていました。
ところが後の世になると、だんだん庚申にバリエーションがうまれ、さまざまな神さまが信仰の対象となります。仏教系の青面金剛童子、神道の猿田彦大神をメジャーどころとして、ほかに山王権現、釈迦、大日如来、帝釈天、地蔵菩薩、観音、不動明王など、地域や時代によってさまざまな「庚申さん」が祀られています。
そしてもちろん、どこにも属さない「庚申さん」として、オリジナルの神さまを祀っているところも多くあります。そういう場合、どんなものが礼拝対象になるかというと、掛け軸や石塔に書かれた「庚申」という文字なんですね。
庚申講のいろんなご利益
神さまがいろいろなら、ご利益はもっといろいろ。もともとの長寿延命の要素は時代とともに薄らいで、他に豊作、大漁、商売繁盛、治病、悪魔退治、火難水難除け、厄除け、出世、安産、盗難除け、和合、良縁、道案内…と、ほとんどなんでもあり、のバリエーション。
まるでご利益の総合商社ですが、これはその時代にその地域で必要とされていたご利益(農村での豊作、花柳界での良縁など)が、"みんなの神さま"である庚申さんに組み込まれていった結果だと考えられます。
ということで、東京庚申堂
とまあ、とにかく庚申さんは時代や場所が違えば神さまもご利益もいろいろ。だったら東京庚申堂も、新しいかたちの信仰を提示したっていいじゃないか。
そんなふうに考えた結果、というわけではないですが、東京庚申堂のご神体は、ダイエーで買った「虫取り網」です。もちろん、このご神体は身体から抜け出し天に昇ろうとする三尸を捕らえる、ぼくらの守り神の象徴。庚申堂の創立からずっと、祭壇中央、陰陽マークの前に鎮座しています。
あと、ご利益として本来の長寿延命にくわえ、「素敵な異性をキャッチする」ということで恋愛成就、「大切なお客様を逃さない」ということで商売繁盛をうたっています。そしてさらに、「天網恢恢祖にしてもらさず」ということで、"他人の"悪事にばちをあててもらうご利益も、いま思いついたので追加しました。どうですみなさん、一度お参りに来てみては?
え?どうにもこじつけっぽいって?「悪事にばち」だと、庚申の教えに矛盾してるって?かたいことは云わないの。信じるものはすくわれる、のです。
ゆるくたってぬるくたっていいじゃないか。だってそれこそが、庚申なんだもの。