page 1/2 闇の前半
5-1感の目眩く(めくるめく)世界
いまの東京で暮らしていて、本当の真っ暗闇に身を置くことは、そうない。
視覚の情報がまったくない場所で過ごしたら、どんな体験をし、なにを思うのか。そういうテーマのワークショップはいくつかみつけたが、一晩、もっとどっぷり浸りきれば、また違ったなにかが得られるのではないか、と考えた。
ということで今回、真の闇夜を朝まで過ごしてみた。
なおこの報告にかぎり、画像を使わず、文章だけで伝えてみることにした。
暗闇の写真はそもそも撮れないが、目張りした部屋や闇夜の散歩の写真もないのは、参加者の体験に視覚的な「ネタばらし」を用意するのが、あまりスマートじゃないかもと考えたから。
これを読んだ人が、参加者と同じ目線(といってもなにも視えないけど)で、闇の世界を追体験できればと思う。
暗闇空間のつくり方
暗闇を作るのは案外難しく、大変だ。
照明器具をすべてはずし、窓をダンボールで目張りし、空調やAV機器の表示パネルと電源ボタンをダンボール片で隠してみても、やっぱりみっちりふさいだはずのダンボールの隙間などから、光が漏れてくる。点けたり消したりを繰り返しながら3時間以上かかって、やっと闇の部屋が完成。ついでに、廊下の照明にも覆いをして、電気をつけたときも、薄暗い状態を保てるようにした。
入室、乾杯
20時30分、参加者が集合する。今夜は参加者12名の体験を、スタッフ2名でサポートする。
まず、参加者はアイマスクをつけ手をつないで階段をのぼり、闇の部屋に入る。今回、前半はあえて、完全な暗闇にせず最低限の薄暗い状態の中、アイマスクをつけての闇体験とした。でないとスタッフも何も視えず、給仕できないことに気がついたのだ。
さて、全員が着席したら、テーブルの上に置いた右手の手元に、それぞれが注文した飲み物が配られる。飲み物は間違って手があたっても倒れないよう、容器の底に両面テープをつけた。
乾杯も視えないなかで行うので、どっちに向かってやればいいか、とまどう。各人おそるおそる飲み物を頭上にかかげるが、普通の乾杯と違い、せっかく他人のグラスと触れ合っても、ビクッと手を引いてしまうのが印象的だった。
闇ごはん、闇鍋
食事は、視えない中で「なにを食べているか」を舌を使って考えながら楽しむコース。まず食前に2種類のジュースが出される。中身は、無果汁炭酸飲料の代表、ファンタのオレンジとグレープ。飲んで中身を当ててもらったが、グレープは強い香りでほとんどの人がわかったようだ。一方でオレンジはだれもわからず、答えをきいても「あぁ」と納得しきれていない声がきこえた。普段は色で何味だかを特定してから飲んでいるからだろう。
続いて前菜。木綿豆腐と絹豆腐の冷や奴。普段は見た目と、あと表面がツルツルか木綿地かで判断しているだろうから、表面を薄く削いで出す。だが、これは簡単に判別できたようだ。
そしてメインが、練りモノ7種だ。7種の内訳は、竹輪、チクワブ、蒲鉾、はんぺん、つみれ、なると、さつま揚げで、これにダミーのこんにゃくゼリーも加えた。もちろん形状で簡単にわかっても楽しくないので、それぞれサイコロ状に切って別々の皿に盛って出した。
練りモノがメインディッシュなのは悲しいが、意外にこれは難問だったようで、さんざん違いを考えながら食べた挙句、練りモノの美味さに目覚めた人もいた。あと、蒲鉾となるとの差が一番むずかしかったらしく、ある参加者は自信たっぷりに「わかった!蒲鉾の赤いのと白いのの違いでしょう!」と答えていた。
〆は、闇寿司。寿司も、うまいまずいを論じる人は多いが、「いま何のネタを食べてるか」を考えながら食べる機会はあまりないだろう。このメニューはおおまか好評だったが欠点もあり、それは醤油をどれぐらいつけたらいいかがわからないということだった。
なるほど、寿司は闇に向かないのか。
その後、一品ずつ持ち寄った具で闇鍋を行う。「食べられるもの」「形が煮崩れないもの」というルールのおかげか思いのほかかなりおいしく仕上がる。中でも好評だったのが餃子だったが、これは3人ほどの人が持ってきており、著しくかぶっていた。あと、大判焼きを持ってきた人がいたが、協議の末、残念ながら鍋に入れずそのまま食べることになった。